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東京地方裁判所 昭和47年(ヨ)2355号 決定

東京都新宿区市ヶ谷河田町七番地

申請人 株式会社 フジテレビジョン

右代表者代表取締役 鹿内信隆

右訴訟代理人弁護士 三笠禎介

同 中村誠一

東京都新宿区市ヶ谷河田町七番地

株式会社フジテレビジョン内

被申請人 日本フィルハーモニー交響楽団労働組合

右代表者執行委員長 吉川利幸

右訴訟代理人弁護士 小島成一

同 高橋融

同 岡田啓資

同 松井繁明

同 秋山信彦

同 今村征司

同 山本真一

主文

一  本件申請を却下する。

二  訴訟費用は申請人の負担とする。

理由

第一当事者の求める裁判

一  申請人

(一)  被申請人はその所属組合員をして、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)の三階部分(同目録添付図面の赤斜線部分)ならびにそこに至る通路および階段に立ち入らせてはならない。

(二)  訴訟費用は被申請人の負担とする。

二  被申請人

主文同旨

第二当裁判所の判断

一  本件紛争に至る経緯について

疎明と審尋の全趣旨によれば、申請人は肩書地に本店を置き、放送法に基づくテレビジョンによる放送事業等を営む株式会社であって、本件建物を所有していること、申請人は昭和四四年九月一日財団法人日本フィルハーモニー交響楽団(以下「日フィル」という。)に対し、期間を一年として本件建物を賃貸し、この賃貸借契約は以後毎年更新され、日フィルは本件建物三階部分を楽員控室および楽譜室として使用してきたこと、被申請人は、これを雇用契約とみるべきかどうかはともかくとして、日フィルとの間に日フィルの行なう交響楽曲等の演奏活動等の事業に参加することを内容とする契約を、期間を一年とし、期間満了の一か月前までに当事者のいずれかよりこの契約を変更あるいは解除する旨の通告がなされない限り、この契約は自動的に一年延長するとの約定で締結していた楽員により昭和四六年五月一一日に結成され、同月一二日の日フィルとの合意により、以後本件建物三階部分の一部を楽員会(日フィル所属の楽員で組織された団体である。)との共用で書記局として使用するようになったこと、日フィルは、その運営資金の重要部分を占めていた申請人および株式会社文化放送(以下「文化放送」という。)との間の放送契約が両社により昭和四七年三月末日限り解約され、他にスポンサーを得ることができなかったので、その運営が困難になったとして、同年五月一一日の理事会および評議員会の決議により、同年六月三〇日限り解散することにし、同日文部大臣から解散および残余財産の処分についての許可を得て、解散ならびに清算の手続に入ったこと、そしてこれにともなって、日フィルはその所属楽員との契約の期間満了日である同日の一か月以上前である同年五月二〇日楽員全員に対し、内容証明郵便をもって、同年六月三〇日限り各楽員との契約を解除する旨の意思表示をするとともに(この内容証明郵便は同年五月二一日から同月三〇日までの間に各楽員に到達した。)、同年六月三〇日に申請人と、本件建物に関する賃貸借契約を同日限り解約する旨の合意をしたこと、これに対して被申請人およびその所属組合員は、この日フィルの解散ならびにその所属楽員との間の契約の解除は、日フィルがその実質的支配者であり管理者である申請人および文化放送と共同して、被申請人を嫌悪し、被申請人を破壊することを目的としてなしたものであって、不当労働行為として無効であるなどと主張し、日フィルや申請人からの口頭または文書による再三にわたる明渡し要求にもかかわらず、従来からその一部を被申請人の書記局として使用しており、組合活動の場であって、これを占有することは争議権の行使として正当であるなどとして、同年七月一日以降本件建物三階部分全部を占有していることが認められる。

二  本件仮処分の必要性について

(一)  疎明と審尋の全趣旨によれば、申請人は、その警備員が申請人の従業員や賃借人等の退出後に建物内を巡回し、火元の取り締まりや防犯に必要な点検をしたうえ扉に施錠することにより、別紙物件目録記載のフジテレビジョン建物(以下「フジテレビジョン建物」という。)の管理を行なっていること、ところが被申請人は申請人が管理すべき本件建物三階部分の扉の錠を保管してこれを申請人に返還せず、被申請人所属組合員を同所に常時寝泊まりさせており、また警備員が同所へ立ち入ることを妨げたりしたこともあること、そしてその所属組合員は同所において電熱器を使用して煮焚きをし、申請人が昭和四七年八月一五日に同所への送電を停止すると、蓄電池や石油ランプを持ち込んでこれを照明に使用しているほか、同所隣の給湯室においてガスコンロを持ち込んで、ガス湯沸かし器用のガス管から都市ガスを引いて煮焚きをし、申請人が同年九月一五日に都市ガスの供給を停止したところ、今度はこの給湯室にプロパンガスボンベを持ち込んで一時これを使用したこともあり、また本件建物三階部分に収納されていたロッカーとかビール等の空きびん類を同年一一月一〇日ころまで同所から本件建物四階部分に至る階段に並び立てていたこと、そのため申請人が本件建物を管理するうえにおいて少なからず支障を生じていることが認められる。

しかし、このような本件建物管理上の支障があるからといって、これをもって本件仮処分の必要性を認めることはできない。申請人としては前認定のような方法により本件建物を管理するうえにおいて必要な作為または不作為の仮処分を求めれば足りるのであって、被申請人が本件建物三階部分を占有し、これにともなって同所に至る通路および階段に立ち入ること自体は、申請人が前認定のような方法により本件建物を管理することの妨げとなるものではないからである。

(二)  疎明と審尋の全趣旨によれば、本件建物三階部分には従来二本の電話が設置されており、被申請人は、昭和四六年五月一二日の日フィルとの合意により、以後これらを楽員会と共用で使用していたところ、昭和四七年七月一日にそのうちの一本の通話が停止され、同月三日には残りの一本の通話も停止されるに至ったこと、そこで被申請人の書記長である山本武司は、被申請人の意向を受けて、自己個人の名義をもって同月四日日本電信電話公社(以下「電々公社」という。)に対し、もっぱら被申請人に使用させる目的で、その設置場所を申請人社内とする電話加入申込みをし、同月一〇日本件建物三階部分に電話の設置を受けたこと、この電話の設置は申請人の承諾を得ず、保安設備を備えることなく、本件建物脇道路の電柱から本件建物三階部分隣の洗面所横の窓を通して本件建物三階部分まで電話引込線を引くという方法でなされたこと、これに対して申請人は、電話を設置する場合には保安設備を備え付けなければならないものとされているし、フジテレビジョン建物内に電話を設置するときは、申請人の承諾を得たうえ、この建物に設けられている電話引込線ケーブル、屋内ケーブルおよび分線盤等の設備を使用してこれを行なわなければならないものとされているとの理由をもって、この電話の設置は違法であるとしてその撤去を求め、申請人と山本、被申請人および電々公社との間に紛争を生じたこと、そしてこの電話の設置をめぐる紛争につき、当庁において次のような仮処分決定、すなわち同年八月一四日に、山本を申請人、本件申請人を被申請人とする昭和四七年(ヨ)第五一一〇号事件につき、本件申請人は山本に対し、電々公社が本件建物三階部分に電話設置の工事を行なうこと、電々公社がこの工事を行なうために本件建物内に既設の電話引込線ケーブル、配線端子、屋内ケーブルおよび分線盤等の設備を必要な範囲内で利用することならびにこの電話により通話することを妨害してはならない旨の、同月三一日には、本件申請人を申請人、山本および電々公社を被申請人とする昭和四七年(ヨ)第五二九四号事件につき、電々公社は本件建物脇道路の電柱と本件建物三階部分隣の洗面所横の窓との間に設置された電話引込線を撤去しなければならず、山本はこの撤去を妨害してはならない旨の、そして同年九月二日には、山本を申請人、本件申請人を被申請人とする昭和四七年(ヨ)第五四一五号事件につき、本件申請人は山本に対し、電々公社が電話を本件建物内に保安設備を備えて設置するにあたり、本件建物の窓を開け、本件建物の内外に必要な器具および電線を付着、固定するなどの工事を行なうことを受忍し、これを妨害してはならない旨の仮処分決定がなされたこと、その結果同年七月一〇日の電話設置の際に引かれた本件建物脇道路の電柱から本件建物三階部分隣の洗面所横の窓までの電話引込線は、同年八月三一日の仮処分決定に基づいて、同年九月一日電々公社により撤去されたものの、同月一二日には同月二日の仮処分決定に基づいて再び電話設置工事がなされたことが認められる。

申請人は、この電話設置により大きな物的、精神的打撃を被っているので、この電話設置問題を根本的に解決する必要があると主張する。

しかし、申請人がこの電話設置により大きな物的、精神的打撃を被っており、この電話設置問題を解決する必要があるとしても、この電話の加入権者は山本であるから、この電話がもっぱら被申請人によって使用されるものであるからといって、本件仮処分の必要性を認めることはできない。のみならず、この電話設置により被っている物的、精神的打撃を回復し、この電話設置問題を解決する必要があるというのであれば、昭和四七年九月二日の仮処分決定に対し異議を申し立てるなど、この電話を撤去させる方法を講ずれば足りるのであるから、これをもって本件仮処分の必要性を認めることはできない。

(三)  被申請人は本件建物三階部分を占有しているから、この占有が違法であるとすれば、申請人は同所の使用、収益を妨げられることにより賃料相当額の損害を被ることになる。そしてこの賃料相当額の損害は、水道料ならびに電気および都市ガスの光熱料相当額合計金三九、二一二円を含めて、一か月あたり金二一五、六六七円であるとの疎明がある。

しかし、申請人がこのような損害を被るとしても、このような損害は本件のように賃貸借契約の終了を原因とする建物への立ち入り禁止に関する紛争においては通常生ずべきものであるから、この賃料相当額の損害金の回収が不能であって、そのために申請人の業務運営に著しい困難を生ずるというような特段の事情がある場合でなければ、これをもって本件仮処分の必要性を認めることはできないところ、この点についての疎明はない。

疎明と審尋の全趣旨によれば、被申請人はフジテレビジョン建物のアーケード一階部分にある本件建物に通ずる入口の扉、この入口正面の壁および本件建物二階部分と四階部分の扉等に、「日本フィル労組は三階です。どうぞ。」とか、「日本フィルハーモニー交響楽団労働組合は憲法に認められた争議権に基づき当建物を確保してます。関係者以外の立ち入りお断わりします。」とか、「日フィル関係以外の者の立ち入りを禁ず。」等と大書した貼り紙をし、本件建物内の通路や階段の壁等にもビラ等を多数貼付し、申請人が昭和四八年二月六日および同月八日に本件建物二階部分と四階部分の扉にそれぞれ「総務部分室」、「フェデップ倉庫(総務部)」と標示したところ、この標示を撤去し、また申請人が同年五月二六日に本件建物四階部分に教育書籍を搬入しようとしたところ、これを妨害したことが認められ、被申請人所属組合員が本件建物三階部分に収納されていたロッカーとかビール等の空きびん類を昭和四七年一一月一〇日ころまで同所から本件建物四階部分に至る階段に並び立てていたことは前認定のとおりである。

申請人は、このような状態では本件建物二階部分と四階部分も賃貸することはできないから、その賃料相当額の損害を被ると主張する。

しかし、申請人主張のとおりであるとしても、これをもって本件仮処分の必要性を認めることはできない。この損害は被申請人が本件建物三階部分を占有し、これにともなって同所に至る通路および階段に立ち入ること自体によるものではなく、この損害の発生を防止しようとするのであれば、右認定のような被申請人の行為を禁止する旨の仮処分を求めれば足りるからである。

(四)  疎明と審尋の全趣旨によれば、申請人はフジテレビジョン建物のタワービル地下一階にその事務所を賃借していた株式会社共同サービス(以下「共同サービス」という。)に対し、昭和四七年八月一日より本件建物に隣接する申請人の駐車場の管理業務を委託することにするとともに、共同サービスからの申込みにより、共同サービスに対し本件建物二階部分と三階部分を賃貸することにしたことが認められる。

申請人は、共同サービスをして駐車場の管理業務を円滑に遂行させるためには、共同サービスに対し本件建物二階部分と三階部分を早急に賃貸、使用させる必要があると主張する。

しかし、本件仮処分によって被申請人に対し本件建物三階部分や同所に至る通路および階段への立ち入りを禁止し、共同サービスに対し本件建物二階部分と三階部分を賃貸、使用させなければ、駐車場の管理業務を行なううえにおいて重大な支障を生ずるというようなさし迫った必要性を認めるに足りる疎明はない。審尋の全趣旨によれば、共同サービスは同所を賃借、使用することなく同年九月一日より駐車場の管理業務を行なっていることが認められるが、駐車場の管理業務を行なううえにおいて右のような重大な支障を生じていることを認めるに足りる疎明もない。

(五)  疎明と審尋の全趣旨によれば、被申請人は本件建物三階部分の道路に面した窓や申請人の構内中庭に面した窓から外部に組合旗、赤旗、横断幕、垂れ幕およびビラ等を掲げており、時には毛布を干したりしたこともあること、そのため本件建物の美観が幾分なりともそこなわれているほか、申請人の業務に次のような支障が生じていること、すなわち申請人の構内中庭はテレビジョンの生放送番組の撮影の際に使用されることがあるが、その際には組合旗等が画面に入らないようにしなければならないので、カメラワークが制限され、組合旗等が画面に入るのを避け得ないときは、スクリーンを設置してこれを被い隠さなければならず、またそのために出費を余儀なくされること、現に昭和四七年一〇月一三日の英国王室軍楽隊の吹奏行進の撮影に際しては、約金九〇、〇〇〇円の費用をかけてスクリーンを設置しなければならなかったことが認められる。

しかし、このように本件建物の美観がそこなわれるとか業務上の支障があるからといって、これをもって本件仮処分の必要性を認めることはできない。本件建物の美観を回復し、業務上の支障を除去しようとするのであれば、組合旗等を撤去し、またはこれを掲げてはならない旨の仮処分を求めれば必要かつ十分であるからである。

(六)  以上のとおり、申請人が本件仮処分を必要とする点についてはすべて疎明がないものといわなければならない。

三  結論

本件申請は仮処分の必要性についての疎明を欠き、保証をもってこれに代えるのは相当でないので、被保全権利について判断するまでもなく失当として却下する。訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 宮崎啓一 裁判官 安達敬 裁判官 飯塚勝)

〈以下省略〉

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